【実体験】公務員から転職してよかった|15年市役所勤務からのIT企業での在宅勤務まで

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「このまま定年までここにいていいのか?」 

あなたは今、夜な夜なスマートフォンの画面をスクロールしては、「公務員 転職 後悔」や「公務員 転職 よかった」というキーワードを検索していないでしょうか。

画面の向こうにある「外の世界」への憧れと、今の安定を手放すことへの恐怖。その板挟みで、胃がキリキリするような毎日を送っていることと思います。

私自身、新卒から15年間、とある地方自治体の市役所に勤務していました。昇任試験の話が出始める30代半ば。妻と子どもがいて、35年ローンで買ったばかりのマイホームがある。「絶対に辞められない条件」がこれでもかと揃った状況で、私は退職を選びました。

結論から言えば、「心の底からよかった」です。

ですが、それは単に「仕事が楽になったから」ではありません。最初の1年は、年収も下がり、慣れない環境に精神的にかなり疲弊しました。それでも「よかった」と言い切れるのは、「組織の看板に頼らず、自分の足で人生を歩けるようになったから」です。

本記事では、年収ダウンから始まった私のキャリアが、どうやってV字回復し、完全在宅ワークのWebマーケターという職を手に入れたのか。30代・妻子持ち・未経験という三重苦の元公務員が、生き残るための「生存戦略」を、包み隠さず公開します。

  1. 結論:公務員から転職して「よかった」と断言できる3つの理由
    1. 【市場価値】「組織の看板」ではなく「自分の名前」で仕事ができる安心感
    2. 【働き方】「満員電車と決裁リレー」からの解放。在宅勤務で得た家族との時間
    3. 【人間関係】「変えられない上司・部下」のストレスが激減した
  2. 「自分には何もない」は誤解!30代公務員のための「スキル翻訳術」
    1. 職務経歴書|落ちる人⇒「部署名」、受かる人⇒「調整力」
    2. 実録:私の「市役所業務」は民間企業でこう評価された
  3. 「後悔」と「カルチャーショック」のリアル
    1. 年収は一時的に下がった(550万→350万への転落)
    2. 「丁寧さ」が「遅さ」と評価される!思考のOS書き換え
    3. 社会的アイデンティティの喪失
  4. 15年勤務の私がWebマーケターになるまでのロードマップ
    1. 【フェーズ1】「民間経験」を作るための修行期間(年収ダウンは許容)
    2. 【フェーズ2】副業×実務で「専門スキル」をタグ付けする
    3. 【フェーズ3】経験者としてIT企業へ転職し、待遇を回収する
  5. 「公務員を辞めたい」と悩むあなたへ贈るアドバイス
    1. 「転職活動(ノーリスク)」と「転職(リスクあり)」を混同しない
    2. 【警告】35歳を過ぎると「ポテンシャル採用」の扉は閉じる
    3. 家族を説得するための「3年スパンの損益分岐点」
  6. まとめ

結論:公務員から転職して「よかった」と断言できる3つの理由

多くの人が「公務員を辞めると後悔する」と言いますが、それは「準備不足で辞めた人」か「辞める勇気がなかった人のポジショントーク」のどちらかであることが多いです。私が実際に外の世界に出て、痛みも喜びも味わった上で感じている「3つのメリット」について、実体験をお話しします。

【市場価値】「組織の看板」ではなく「自分の名前」で仕事ができる安心感

公務員時代、私は常に「〇〇市の職員さん」として扱われていました。銀行で住宅ローンを組む時も、親戚の集まりでも、その信用は絶大ですが、ふとした瞬間に強烈な恐怖に襲われることがありました。

「もし今、この市役所が財政破綻したら? もし私が懲戒免職になったら? 私という人間に、一体何の価値が残るのだろう」

市役所の中での評価は、「前例通りにミスなく処理すること」や「上司の意向を忖度すること」で決まります。ですが、それは一歩外に出れば1円の価値も生まないスキルです。この「自分には市場価値がない」という事実から目を背け続けることは、「茹でガエル」になることを受け入れるのと同じでした。

転職してWebマーケティングの職に就いた今、私は「売上を作るスキル」を持っています。もし今の会社が倒産しても、PC一台あれば、他の会社に売り込むことも、個人で稼ぐこともできます。

「組織にしがみつかなくても生きていける」

この確信こそが、公務員時代には決して味わえなかった「真の安定」であり、心の平穏です。毎日ハンコリレーをしていた頃の、「組織に見捨てられたら終わり」という漠然とした不安は、きれいさっぱり消え去りました。

【働き方】「満員電車と決裁リレー」からの解放。在宅勤務で得た家族との時間

2つ目の理由は、劇的なワークライフバランスの改善です。現在はフルリモートで勤務しており、通勤という概念がありません。

市役所時代を思い出してみると、朝8時半に席に着くために満員電車に揺られ、定時を過ぎても「上司が帰らないから帰れない」謎の待機時間。決裁をもらうためだけに、課長、部長のスケジュールを伺い、不在なら翌日に持ち越し。そんな非効率の塊のような日々でした。

特に辛かったのは、子育てとの両立です。繁忙期には終電帰りが続き、平日は子どもの寝顔しか見られない日もありました。「家族のために働いているはずなのに、家族との時間を犠牲にしている」という矛盾に、胸が締め付けられる思いでした。

今は違います。 朝は家族と一緒に朝食を食べ、保育園への送り迎えも私が担当できます。夕方18時にはPCを閉じ、家族揃って夕食のテーブルを囲む。子どもがお風呂で「パパ、今日ね」と話しかけてくれる時間。

公務員時代、「安定した給料」と引き換えに差し出していた「家族との時間」を取り戻せたこと。これだけで、転職の苦労などお釣りがくると本気で思っています。

【人間関係】「変えられない上司・部下」のストレスが激減した

3つ目は、人間関係のストレスからの解放です。市役所という組織は、一度入れば定年まで続く「閉鎖的な社会」です。

どんなに理不尽な上司がいても、仕事が全くできない部下がいても、こちらから関係を切ることはできません。「異動ガチャ」を祈るしかなく、ハズレを引けば数年間はつらい日々がまっています。また、窓口業務での理不尽な市民対応に精神をすり減らし、休職に追い込まれる同僚も何人も見てきました。

民間企業、特に私がいるIT業界はもっとドライで流動的です。もちろん人間関係の悩みゼロとは言いませんが、「成果でつながる関係」が基本です。

嫌な上司がいれば、自分が成果を出して部署異動を希望するか、あるいは「転職」というカードを切って環境を変えればいい。公務員時代は「ここを辞めたら人生終わり」と思い込んでいましたが、「嫌なら次に行けばいい」という選択肢を常に持てるようになったことで、精神的な余裕がまるで違います。

「自分には何もない」は誤解!30代公務員のための「スキル翻訳術」

「転職してよかった」と言われても、あなたの心には「でも、自分には民間で通用するスキルなんて何もない」という重い劣等感があるはずです。同級生が横文字のビジネス用語で話している横で、自分は庁内ルールの話しかできない。

その気持ち、痛いほどわかります。ですが、それは「スキル翻訳」ができていないだけなのです。

職務経歴書|落ちる人⇒「部署名」、受かる人⇒「調整力」

多くの公務員が転職活動で失敗する原因は、職務経歴書を「公務員用語」のまま書いてしまうことにあります。

× 悪い例: 「市民課にて窓口業務に従事」 「総務課にて予算管理を担当」 「〇〇祭りの実行委員会運営」

民間企業の人事担当者がこれを見ても、「で、何ができるの?」としか思いません。「窓口業務=座ってハンコを押すだけ」というネガティブなバイアスすら持たれかねません。

大切なのは、「どこの部署にいたか」ではなく、「どんな課題に対し、どう工夫し、どんな能力を発揮したか」を書くことです。

例えば、「窓口業務」であれば、以下のように書き換えます。

◎ 良い例: 「1日平均100件の市民対応を担当。法的な説明が困難な案件に対し、相手の心情に配慮しながら納得解を導き出す「折衝力」と「課題解決型コミュニケーション」を発揮。クレーム発生率を前年比〇%削減」

こう書けば、あなたは「ただの窓口の人」から、「タフな交渉やカスタマーサクセス(CS)ができる人材」へと評価が一変します。これが「スキルの翻訳」です。

実録:私の「市役所業務」は民間企業でこう評価された

では、具体的にあなたの業務をどう翻訳すればいいのか。私が実際にたくさんの職務経歴書を書き、面接でアピールした「変換リスト」を公開します。あなたの長年の公務員経験は、決して無駄ではありません。

【庁内調整・根回し】

  • 翻訳後:プロジェクトマネジメント(ステークホルダー管理)
  • 解説: 市役所の仕事は、関係各課、財政、上層部など、利害関係の異なる多くの部署の合意を取らなければ進みません。これは民間でのプロジェクト進行そのものです。「多数の関係者の意見を集約し、全体最適解へ導く調整力」は、IT導入や新規事業開発で極めて重宝されます。

【法規集の確認・議会答弁作成】

  • 翻訳後:論理的思考力・リスクコンプライアンス
  • 解説: 一言一句の間違いも許されない答弁書作成や、根拠法令の精査。これは、極めて高度な「ロジカルシンキング」と「ドキュメンテーション能力」です。コンサルタントや管理部門では、曖昧さを排除し、リスクを最小化するこの能力が高く評価されます。

【補助金申請の審査・事務処理】

  • 翻訳後:業務プロセス構築・BPO管理
  • 解説: 膨大な量の書類を、ミスなく、公平に処理する。あるいはそのマニュアルを作る。これは「業務の型化(オペレーション構築)」というスキルです。スタートアップなどのカオスな環境では、この「整える力」が求められます。

「自分には何もない」のではなく、「伝え方を知らなかっただけ」だと気づいていただけるはずです。

「後悔」と「カルチャーショック」のリアル

ここまで良いことばかり書いてきましたが、ここからは私が直面した「現実」をお話しします。15年勤めた公務員を辞めるというのは、やはり痛みを伴う決断でした。嘘偽りない「後悔」をお伝えします。

年収は一時的に下がった(550万→350万への転落)

覚悟はしていましたが、転職で年収は下がりました。

公務員の年収(約550万円)は、高い基本給だけでなく、豊富な手当と確実なボーナスに支えられています。未経験で民間に飛び込む際、これらの「公務員プレミアム」は剥がれ落ちます。提示された年収は350万円。手取りにすると月数万円のダウンです。

給与明細を見た時の感覚は今でも忘れられません。「35年ローンがあるのに、これで本当によかったのか」「妻に苦労をかけていないか」。スーパーで買い物をする時、数百円の値段の差に敏感になっている自分に気づき、惨めさを感じたこともあります。

この「金銭的な痛み」は、避けては通れません。ですが、これは「将来稼ぐための授業料」でもあります(その回収方法は後述します)。

「丁寧さ」が「遅さ」と評価される!思考のOS書き換え

金銭面以上にきつかったのが、仕事の進め方に対するカルチャーショックです。

市役所では「ミスをしないこと」が最優先でした。99点でも、1点のミスがあれば怒られます。だからこそ、何度も確認し、決裁を回し、石橋を叩いて渡る。それが正義でした。

ですが、転職先のIT企業では真逆でした。 「で、いつできるの? 明日? 遅いよ。今すぐ80点の出来でいいから出して」

「丁寧に仕事をすること」を、「仕事が遅い」「スピード感がない」と断罪されたのです。

最初の3ヶ月は、完全に「使えない元公務員のおじさん」扱いでした。

「公務員の常識は、民間の非常識」。頭ではわかっていても、15年かけて染み付いた「公務員脳(OS)」を書き換える作業は、自己否定の連続で、本当に苦しいものでした。

社会的アイデンティティの喪失

そして、地味に精神を削ったのが「何者でもなくなる」感覚です。

市役所職員だった頃は、どこに行っても「しっかりしたお仕事をされていますね」と言われました。クレジットカードの審査も、住宅ローンの借り入れも、何も考えずに通りました。

それが転職した途端、誰も知らないカタカナの社名を名乗ることになります。「どんな会社?」と聞かれて説明しても、相手の反応は「ふーん」と薄い。

「私はこれまで、自分の実力ではなく、市役所という看板に守られていただけだったんだ」

その事実を突きつけられた時の虚無感。社会的信用を脱ぎ捨て、生身の自分で勝負することの心細さは、正直ありました。

(関連記事)転職後の苦しい時期を乗り越える生存戦略

15年勤務の私がWebマーケターになるまでのロードマップ

年収ダウン、カルチャーショック、信用の喪失。これらを乗り越え、どうやって現在の「年収アップ&在宅勤務」までたどり着いたのか。私が実践した、30代未経験からのロードマップをご紹介します。

【フェーズ1】「民間経験」を作るための修行期間(年収ダウンは許容)

まず理解すべきは、「いきなり理想の転職先(高年収・リモート・ホワイト)」は狙えないということです。35歳未経験の元公務員を採用してくれるほど、世の中は甘くありません。

私は1社目の転職を、「『元公務員』というタグを『民間経験者』に書き換えるための期間」と割り切りました。

選んだのは、未経験でも採用されやすい「Webマーケティング支援」でした。もちろん年収は下がります。きついノルマもありました。ですが、ここで「数字を追う経験」「民間のスピード感」「ビジネスメールやツールの作法」を身につけました。

(関連記事)公務員から民間がきつい理由と通用するスキルの見つけ方

【フェーズ2】副業×実務で「専門スキル」をタグ付けする

1社目で働きながら、私は「副業」を始めました。公務員時代には禁止されていた副業ができるのも、民間の大きなメリットです。

通勤時間や週末を使い、クラウドソーシングでWebマーケティングの仕事を受け始めました。最初は単価が安くても、「SEO」の知識を独学で吸収していきました。

本業・副業で身につけた「営業力」「Webスキル(SEO)」という独自の価値(タグ)が生まれました。

【フェーズ3】経験者としてIT企業へ転職し、待遇を回収する

「民間経験」と「専門スキル(の卵)」を手に入れた状態で、私は2回目の転職活動を行いました。

今度は「未経験の公務員」ではありません。「Webスキルを身につけた民間経験者」です。市場価値は劇的に変わっていました。

結果、現在のIT企業から、Webマーケターとしてオファーを頂き、年収は公務員時代を超え、フルリモートという働き方も手に入れました。

一度しゃがみ込んで(年収ダウン)、バネを蓄えてから、高く飛び上がる(キャリアアップ)。急がば回れこそが、30代からの公務員転職における勝筋です。

「公務員を辞めたい」と悩むあなたへ贈るアドバイス

最後に、画面の前で悩み続けているあなたへ、私からいくつかアドバイスをさせてください。

「転職活動(ノーリスク)」と「転職(リスクあり)」を混同しない

多くの人が「辞めるか、辞めないか」の二択で悩みすぎて、一歩も動けなくなっています。ですが、その悩み方は間違っています。

「転職」にはリスクがありますが、「転職活動」はノーリスクです。

職務経歴書を書いてみる。転職エージェントに登録して話を聞いてみる。求人を見てみる。これらはすべて無料ですし、誰にもバレません。今の職場を辞める必要もありません。

まずは「自分の市場価値」を知るためだけに動いてみてください。「意外と自分を欲しがる企業がある」とわかるかもしれないし、「今の自分では年収が下がりすぎる」と現実を知るかもしれません。

どちらの結果になっても、それは大きな前進です。「内定が出てから悩む」それが鉄則です。

【警告】35歳を過ぎると「ポテンシャル採用」の扉は閉じる

厳しい現実をお伝えしなければなりません。あなたが動くなら、今がラストチャンスです。

民間企業が未経験者を採用するのは、「ポテンシャル(伸びしろ)」に期待するからです。そのリミットは一般的に35歳前後と言われています。

40代になると、企業が求めるのは「即戦力」と「マネジメント実績」です。残念ながら、公務員としての管理職経験(年功序列での昇進)は、民間ではマネジメント経験としてカウントされにくいのが実情です。

「もう少し考えてから…」と先延ばしにしている間に、あなたが持っている「年齢」という最大の武器は、刻一刻と錆びついていきます。40代になって「もうどこにも行けない」と絶望しながら、定年まであと20年以上もしがみつく未来。それこそが最大の恐怖ではないでしょうか。

家族を説得するための「3年スパンの損益分岐点」

もし奥さまの反対(嫁ブロック)が心配なら、感情論ではなく「数字」でプレゼンしてください。

「今は年収が下がる。でも、このまま公務員を続けても昇給は微々たるものだ」 「3年計画を見てほしい。1年目は下がるが、副業とスキルアップで3年後には公務員の給料を追い抜く。そのための『投資期間』として2年だけ我慢してほしい」

「一生安泰(に見える閉塞感)」と引き換えに「一生我慢」を選ぶのか。「一時的な苦労」を引き受けて「自由な人生」を選ぶのか。真剣な覚悟を見せれば、パートナーはきっと理解してくれます。

(関連記事)年収ダウンを乗り切る防衛計画と家族への説得方法

まとめ

公務員から転職してよかったか? その問いに、私は迷いなく 「Yes」 と答えます。

もちろん、楽な道ではありませんでした。年収ダウンの不安、スキルの壁など。何度も心が折れそうになりました。

ですが、今の私には「会社が潰れても、市役所がなくなっても、自分の腕一本で家族を養える」という自信があります。子どもの成長を毎日そばで見守れる幸せがあります。自分で人生のハンドルを握っているという実感があります。

あなたが今抱えている「スキルがない」という悩みは、ただの思い込みです。 あなたが恐れている「年収ダウン」は、戦略次第で回収できます。

まずはPCを開き、Wordを立ち上げてください。そして、あなたが15年間積み上げてきた仕事を、「民間の言葉」に翻訳することから始めてみましょう。

その小さな一歩が、あなたとご家族の未来を大きく変えるきっかけになることを、心から応援しています。

運営者情報
元公務員 Webマーケター
sawada

元公務員Webマーケター
大阪府の某市役所に15年勤務後、35歳でIT企業へ転職。最初の転職で年収200万円ダウンを経験。事務職兼カスタマーサポートを経て、現在は完全在宅勤務のWebマーケターとして働いている。このブログでは、公務員から民間への転職について、年収ダウンの現実も含めた実体験を発信中。

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