「市役所を辞めて、よかったのか」
今なら迷わずよかったと言える。ですが、転職直後の1年間は、その言葉を口にする資格が自分にあるのかすらわからなかった。
私は大阪府の某市役所に15年間勤めた後、35歳でIT企業に転職しました。最初の転職で年収は約200万円ダウン。妻と3歳の子ども、35年の住宅ローンを抱えた状態での決断でした。その後2社を経験し、現在はWebマーケターとして完全在宅で働いています。
この記事は転職を煽るものでも、引き止めるものでもありません。
「よかった」と言えるまでに何があったのか、そのリアルな過程を、正直にお伝えすることだけを目的として書いています。きれいな成功談ではなく、1社目を6ヶ月で退職し、後悔とともに過ごした時期も含め、すべてをここに残します。
あなた自身が判断するための「材料」として、受け取ってもらえれば幸いです。
大阪府の某市役所15年→2回転職→在宅Webマーケター
まず、私がどういう人間かを最初にお話しします。「市役所から転職してよかった」という言葉を語るために、どんな背景を持っているのかを知ってもらうことが、この記事の信頼性を判断する上で重要だと考えているからです。
35歳・35年ローン・3歳の子ども。「辞めてはいけない条件」が全部揃っていた
転職を決断した時の私の状況を正直に書きます。
- 大阪府の某市役所に15年勤務(保険年金課・総務課・教育委員会総務課を経験)
- 年収:残業代込みで約550万円
- 家族:妻(パート勤務)、長男(3歳・保育園)
- 住宅ローン:転職の2年前に組んだ35年ローン(当時はまさか転職するとは思っていなかった)
客観的に見れば、「辞めてはいけない条件」が揃いに揃っています。住宅ローンは始まったばかり、子どもは小さい、妻はパート勤務。そのうえで年収200万円のダウンを選んだのですから、周囲が「もったいない」「大丈夫なの?」と心配するのも当然でした。
ただ、一つだけ言えることがあります。妻は嫌な顔ひとつせず後押ししてくれました。感情論ではなく、数字とロジックで一緒に話し合った結果です。その話については後の章で詳しくお伝えします。今でも、あの時の妻の言葉にはとても感謝しています。
1社目を6ヶ月で辞めた。それが失敗だったのかは、今でも少し迷う
最初に白状しておきます。1社目のIT企業(事務職兼カスタマーサポート)を、私は6ヶ月で退職しました。
「失敗ではなく修正だった」と断言できればカッコいいのですが、正直なところ今でも少し迷います。6ヶ月という在籍期間が次の転職に与えた影響、あの判断が本当に正しかったのか。すっきりと「正解だった」と言い切れるほど、転職はシンプルではありませんでした。
ただ、これだけは言えます。1社目を6ヶ月で辞めたことによって、2社目(現在のWebマーケター)に出会えた。そのルートは、今振り返ると「まあ、そういう道だったのかな」と思えます。
「よかった」と言えるようになるまでに、どのくらいかかったのか
転職を考えている人が本当に知りたいのは、「転職してよかったですか?」という問いへの答えだけではないと思います。「よかったと言えるようになるまでに、どれくらいかかったのか」「それまでの間、何があったのか」という時間軸の話こそが、今まさに悩んでいる人には必要な情報のはずです。
転職後1〜2ヶ月、後悔の感情がピークに達した理由
正直に言います。転職してから最初の2ヶ月は、後悔の感情がピークでした。
最もきつかったのは、仕事のスピード感の違いです。市役所では「ミスなく丁寧に進めること」が最優先で、複数の上司に確認を取りながら慎重に物事を進めていました。ところが民間企業では「7割の完成度でもいいから、速く回す」ことが求められます。
この感覚の違いに、最初は全く追いつけませんでした。「もっとスピードを上げてほしい」と上司に言われるたびに、自分が「使えない人間」になったような気がしていました。
それに加えて、ボーナスがないという現実が精神的に効いてきました。市役所時代は6月と12月にほぼ確実に支給されていたボーナスがなくなり、手取りの減少が毎月の家計簿に数字として現れてきます。
「後悔」に見えていたものは、今振り返ると「適応コスト」だったと気づきます。ですが当時は、その区別がつきませんでした。
3〜5ヶ月、後悔は薄れ「慣れ」に変わった。でも「よかった」とはまだ言えなかった
3ヶ月を過ぎた頃から、仕事への「慣れ」が出てきました。民間のスピード感に少しずつ対応できるようになり、日常業務が「できないことだらけ」から「なんとかこなせる」に変わっていく感覚。後悔の感情そのものは薄れていきました。
ですがその頃から、別の問いが浮かびあがってきました。「これが、自分のやりたいことなのか」という問いです。
仕事はできるようになってきた。でも、この仕事を続けていきたいという気持ちが、どうしても育ってこない。1社目の仕事への違和感が言葉にはできないまま、じわじわと大きくなっていた時期です。「よかった」という言葉には、もう一段の変化が必要でした。
「よかった」と初めて思えたのは、2社目に転職した後だった
2社目(Webマーケター・完全在宅勤務)に転職してから、初めて「辞めてよかった」という言葉が本心から出てきました。
きっかけは、自分が作ったWebコンテンツへのアクセス数が数字として可視化された日でした。「自分がやったことが、数字で見える」という体験を初めてしました。市役所でも一生懸命仕事をしてきましたが、自分の仕事がこれだけ直接的に結果に現れる経験は、15年の公務員生活の中では一度もなかったです。
その時初めて「ああ、辞めてよかったんだな」と思えました。転職から1年近くが経っていました。
1社目の6ヶ月は無駄だったのか。今の答えは「授業料だった」
1社目で経験したこと、つまりビジネスチャット(Slack)の使い方、Excelではなくスプレッドシートで共同作業する感覚、顧客対応でのスピード感、社内稟議の簡略さ。これらすべてが、2社目に転職した時の「土台」になっていました。
もし1社目を経ずに市役所から直接Webマーケターの職に応募していたとしたら、おそらく選考で通らなかったでしょう。民間企業での経験がゼロの公務員を、即戦力として採用するWebマーケティング会社は多くありません。
1社目は「授業料」でした。高くつきましたが、今は払う価値があったと思っています。
市役所を辞めてよかったと感じた、3つの具体的な瞬間
「転職してよかった」と感じた3つのシーンを、具体的にお話しします。
平日17時に、保育園のお迎えを初めて自分でできた日
市役所時代の繁忙期(特に予算編成や議会準備の時期)は、子どもが寝た後にしか帰れない日が何週間も続くことがありました。保育園のお迎えは妻任せ。子どもの「今日あったこと」を聞く機会もほとんどありませんでした。
在宅勤務になって初めて、保育園のお迎えに行けた日のことは忘れられません。
子どもが入口で私を見つけて「お父さん!」と走ってきた瞬間、「この時間を手に入れたくて転職したんだな」と思いました。年収の話ではなく、この一瞬のために転職してよかったと思えた、最初の瞬間でした。
子どもが寝た後に帰宅して顔を見るだけの毎日と、一緒にお迎えに行き夕飯を食べ、お風呂に入れる毎日。同じ「家族がいる生活」でも、中身はまったく違います。
転職サイトにスカウトが届いた日、「自分には何もない」という思い込みが崩れた
市役所にいた頃、私は「市役所の看板を外したら、自分には何もない」という不安を持っていました。民間で通用するスキル・経験がない、という自己評価です。
2社目への転職後、登録したままにしていた転職サイトに、ある日スカウトメッセージが届きました。「あなたのWebマーケティングの経験を活かせるポジションがあります」という内容でした。
そのスカウトを受け入れたわけではありません。ですが、その時に感じた「組織の看板なしで、自分のスキルが市場から評価された」という感覚は心に残っています。
副業で初めて1万円を稼いだ日、収入に「もう一本の軸」ができた感覚
公務員は原則として副業が禁止されています。私も15年間、副業の「ふ」の字も考えたことがありませんでした。
2社目に転職してから、初めて副業としてWebライティングの仕事を受けました。記事を書いて、報酬が振り込まれた日のことです。
金額自体は大したものではありませんが、「本業の給料とは別に、自分のスキルで稼いだお金」が口座に入ってきた時の感覚は、金額とは比例しないものでした。「本業が唯一の収入源」という状態から抜け出し、「もう一本の軸」ができたという感覚。
公務員時代には存在しなかった選択肢によって、生活への安心感が変わりました。
市役所を辞めて失ったもの、今でも惜しいと思うもの
よかった話だけを並べるのは不誠実です。市役所を辞めたことで確実に失ったものがあります。そしてその一部は、今でも惜しいと感じています。
年収200万ダウンは「年間の数字」より「毎月の手取り減少」として精神に効いてくる
「年収200万ダウン」と聞いた時、多くの人は年間の数字として受け止めます。ですがつらいのは、毎月の手取りが減るという事実です。
550万円から350万円への変化を月換算すると、単純計算で約16万円強の収入差になります。ボーナスの有無も含めると、実際の手取りの差はさらに大きく感じられました。
住宅ローンの支払い額、保育料、固定費は変わらないのに、入ってくるお金だけが減っています。口座残高が月を追うごとに減っていく様子を見るたびに、「本当にこれでよかったのか」という問いが頭をよぎりました。
事前に生活費の6ヶ月分を確保していたこと、妻がパート勤務を続けてくれたこと、この2点がなければさらに追い込まれていたかもしれません。
(関連記事)年収200万ダウンを経験した元市役所職員のリアルな後悔
「公務員」の肩書がなくなった瞬間、周囲の目と自分の内側の両方が変わった
親戚の集まりで「今は何をしているの?」と聞かれた時の空気の変化は重かったです。「市役所で働いています」と「IT企業で働いています」では、反応が明らかに違い、特に親世代からの目線の変化は、メンタルに効いてきます。
住宅ローンについては、転職の2年前に組んでいたことが結果的に正解でした。転職後に同じ条件でローンが通ったかどうかは、正直なところわかりません。民間企業の勤務歴が浅い状態での借り換え審査は難しくなる可能性があることも、事前に頭に入れておく必要があります。
これらは数字では表せない「信用の変化」です。公務員であることの社会的信用を、日常的に意識するのは難しいため、それが消えた瞬間の感覚は、転職してみて初めて実感できるものでした。
1社目でミスマッチを感じた時、「辞めるか続けるか」をどう判断したのか
1社目に半年在籍した時、私は「ここで辞めるべきか、続けるべきか」という判断に迫られました。
「早期退職=逃げ」という考えは確かにありました。「せっかく市役所を辞めたのに、すぐにまた辞めていいのか。」と悩みました。そのうえで、当時の私が最終的に「退職」を選んだ判断基準は2点でした。
1つ目は、「この会社でこれ以上得られるものがほぼなくなったか」ということです。民間のスピード感、ツール、顧客対応の基礎は6ヶ月でほぼ身につけられました。残り続けることで何か新しいスキルが積めるかと問えば、その答えが「ほぼノー」になっていた。
2つ目は、「次の転職先に見せられる最低限の経験が積めたか」です。これについては、6ヶ月間で「民間企業での実務経験がある」という事実を得られました。そして、思っていたとおり、これが2社目の選考で確実に活きました。
この2点がクリアできているなら、早期撤退は「逃げ」ではなく「修正」だと、今は思っています。
市役所の経験を民間で通用させるには
「公務員の経験は民間では役に立たない」という言葉を、転職活動中に何度か耳にしました。今ははっきり言えます。それは半分だけ正しいです。正確に言えば、「何に使えるかを自分が知らなかっただけ」でした。
1社目で「強みだと思っていなかったスキル」が評価された経験
1社目のカスタマーサポート業務で、私が最初に評価されたのは「クレーム対応力」でした。
市役所の窓口業務では、制度に不満を持つ市民、複雑な感情を抱えた高齢者、時に怒鳴り込んでくる方への対応を何千回と経験していました。それは私にとって「当たり前の仕事」で、特別なスキルだとは思っていませんでした。
ところが1社目の上司に、「感情的なお客さまの話を落ち着いて整理し、事実ベースで対応できる人は意外と少ない」と言われた時、初めて気づきました。市役所の窓口対応は、カスタマーサポートの高度な実践訓練だったのです。
2社目で「なぜWebマーケターになれたのか」を逆算すると見えてくるもの
Webマーケターとして採用された面接で、私が評価されたと後から気づいたのは「文書の構造化能力」でした。
市役所時代、複雑な福祉制度や国民健康保険の制度を住民向けの広報文書や窓口説明用のチラシに噛み砕いて書くことを、私は何年もやってきました。「難しい内容を、読み手の立場に立って整理し、伝わる形にする」という作業です。
Webマーケティングのコンテンツ設計は、構造として全く同じことをしています。ターゲットが知りたいことを整理し、伝わる順番で書く。市役所時代の文書作成の経験は、Webマーケターとしての仕事と本質的につながっていました。
当時の私は「市役所とWebマーケティングに何の接点があるのか」と思っていましたが、使える経験は思わぬところにあったのです。
「自分に何がないか」より「自分に何があるか」を先に棚卸しした方がいい理由
転職活動中、私は「自分には民間で使えるスキルがない」というフレームで自己分析をしていました。「ない・ない」から始めると、当然ながらマイナスしか見えません。
転職エージェントとの面談で「それはスキルです」と言われた経験があります。私が「市役所の窓口で理不尽なお客さまへの対応をしてきただけです」と話した時のことです。「年間数千件のクレーム対応を経験した人材は、カスタマーサポートで即戦力になる」と言われ、初めて「これは価値なのか」と気づきました。
棚卸しの順番を変えるだけで、見え方が変わります。「自分に何がないか」ではなく、「自分が今まで解決してきた課題は何か」「そのために使ってきた力は何か」という問いから始める。そうすると、接続点が見えてきます。
「転職してよかったかどうか」は、幸せの定義で変わる
この章は、この記事の中で私が最も伝えたいことを書いています。
転職してよかったか・よくなかったかは、個人の「幸せの定義」によって変わります。転職そのものに正解も不正解もなく、大切なのは、「何を手に入れれば自分は幸せなのか」を、転職前に言語化できているかどうかです。
「市役所を辞めてよかった」と言えている人の共通点
転職後に「よかった」と言えている人に共通している点を、私自身の経験と、同じような転職をした知人との話から3つに絞ります。
1つ目は、転職の目的が「逃げ」だけでなく「向かう先」があったことです。「今の環境から逃げたい」という動機自体は悪くありません。ですが、逃げた先に何があるかが見えていないと、転職後にまた同じ問いに直面します。
2つ目は、1社目に完璧を求めなかったことです。最初の転職先が「理想の仕事」でなくても、そこで民間の経験を積み、次にステップアップするというルートを想定していた人は、1社目のミスマッチにも折れずに進めました。
3つ目は、「幸せの定義」を自分で持っていたことです。これが最も大切な共通点だと感じています。
「転職したけれど後悔している」という声に共通していたパターン
一方で、転職後に「やっぱり公務員の方がよかった」と感じやすい人には、共通するパターンがあります。
「安定した給与・社会的信用・将来の保障」が幸せの軸にある人が、その軸を言語化しないまま転職した場合、転職後にそれらを失った時の喪失感は非常に大きくなります。年収ダウン、信用スコアの変化など、これらすべてが「失ったもの」として迫ってきます。
これは弱さではありません。自分の幸せの軸を持っているということは、それだけ大切なものがあるということです。ただ、その軸が「安定・信用・保障」にある人に「挑戦しよう!」と煽るのは不誠実だと私は思っています。転職が合う人と合わない人は確かにいます。
(関連記事)市役所からの転職で後悔しないための生存戦略
私自身の「幸せの軸」は、転職して初めて言語化できた
市役所にいた時、私は漠然と「安定していれば幸せ」だと思っていました。ローンを返せて、子どもを育てられて、毎年昇給があるだけで、十分なはずだと。
ですが、転職して苦しい時期を経たからこそ、気づいたことがあります。私にとっての幸せの軸は「自分の名前で評価される感覚」「家族との密度ある時間」「収入の選択肢を自分で広げる感覚」だったのです。
市役所にいる時は、この3つの軸に気づきすらしませんでした。転職して、それを失いかけた時に、初めてそれが自分には不可欠なものだったとわかりました。
妻がこの転職を後押ししてくれなければ、このことに気づく機会もなかったかもしれません。感情論に流れず、数字とロジックで一緒に話し合った上で「やってみよう」と言ってくれた妻への感謝は、今でも変わりません。
転職前に「自分の幸せの軸」を言語化できているかが、唯一の判断基準かもしれない
最終的に、転職すべきかどうかの判断軸はここに戻ってきます。「自分の幸せの軸を、言語化できているか」です。
言語化できていない状態で転職するのは、目的地なしに走り出すことと同じです。転職を止める話ではなく、「先に言語化する」という順番の話です。
以下の3つの問いを、紙に書いてみることをおすすめします。
- 「5年後、どんな状態にいれば自分は満足しているか」
- 「今の不満の原因は、特定の上司・部署か、それとも公務員という制度そのものか」
- 「転職しなかった40代の自分を想像して、何を感じるか」
この3つに言葉で答えられれば、「転職すべきか」ではなく「何のために転職するか」が見えてきます。そちらの問いの方が、ずっと建設的です。
「転職してよかった」を実現するための5つのステップ
「わかった、では実際に何から始めればいいのか」という問いに答えます。私が2回の転職で学んだことを、できるだけ実践的にお伝えします。
ステップ1:先に「よかった」の中身を定義する|何が転職成功なのか
転職活動を始める前に、「自分にとって転職成功とは何か」を言語化してください。
「在宅勤務ができること」なのか、「年収を上げること」なのか、「自分の成果が可視化される環境」なのか、「家族との時間」なのか。これを転職前に言語化しておかないと、内定が出た時に「この会社でいいのか」の判断ができなくなります。
私の場合、転職1回目の時点では「今の環境から出たい」という気持ちだけで動いており、「何が手に入れれば成功か」が曖昧でした。その結果、1社目の仕事への満足度が判断できず、6ヶ月の在籍で終わることになりました。「よかった」の中身を事前に言語化しておけば、1社目の選び方も変わっていたかもしれません。
ステップ2:1社目に「全部」を求めない|そこは通過点だと決めておく
私の経験から、これだけははっきり言えます。市役所から転職する人が、最初の転職先で「天職」に出会える確率は低いです。
「1社目は民間の基礎体力をつける場所」と最初から割り切っておくことで、万が一、私のようなミスマッチを感じた時でも、精神的なダメージは軽減できます。「1社目に失敗した=転職に失敗した」という誤解を、最初に手放すことが大切です。
「1社目に求めること」を絞っておくと良いと思います。民間のスピード感に慣れること、ビジネスツールに慣れること、評価制度を体験すること。この3つが手に入れば、1社目は成功と言っても良いと思います。
ステップ3:2社目に向かうための「1社目の終わらせ方」
1社目をいつ、どう終わらせるかの判断基準をお伝えします。
私の基準は2点でした。「民間の基礎体力が身についたか(スピード感・ツール・評価制度の経験)」と「次の転職活動で見せられる最低限の実績が積めたか」です。この2点がクリアできていれば、在籍期間が短くても次に進む判断は合理的と言えるかと思います。
ステップ4:パートナーへの相談は感情ではなく数字とロジックで伝える
妻が嫌な顔ひとつせず後押ししてくれた背景には、感情論ではなく数字ベースでの話し合いがありました。
具体的には、「月々の手取りがいくら変わるか」「固定費のうち削れるものはどれか」「副業収入でどこまで補填できる見込みか」「貯蓄の取り崩し期間をどう見積もるか」です。これらを一緒に紙に書き出して、「最悪のシナリオでも家庭が回るか」を確認しました。
「やりたいことがある」という感情論だけでは、パートナーの不安は解消されません。「妻を説得した」のではなく「一緒に判断した」という構造が、大きかったと思います。
ステップ5:転職活動と転職は別物。在職中に動き、内定が出てから決める
最後に、これだけは必ず守ってほしいことです。
転職活動はノーリスクです。転職はリスクがあります。
転職活動とは、職務経歴書を作り、エージェントに登録し、面接を受けることです。在職中にできて、お金もかかりません。転職とは、退職届を出して今の職場を去ることであり、後戻りはできません。
この2つを混同して「とりあえず今の職場が嫌だから、辞めてから考えよう」という判断は絶対に避けてください。
あくまで内定が出てから、「辞めるか残るか」を決めてください。内定という「選択肢を手に入れた状態」で判断した方が、今の「選択肢がない状態」で悩むよりもはるかに前向きで建設的です。
よくある質問
市役所を辞めてよかったと言える人と、後悔しやすい人の決定的な違いは何か
私が思う最大の違いは、「何から逃げたかったか」ではなく「何に向かいたかったか」があったかどうかです。
「今の環境が嫌」という動機だけで転職した場合、転職先でも「嫌なこと」は必ず出てきます。その時に踏ん張れるのは、「これを手に入れるために来た」という軸がある人だけです。逃げることは悪くないですが、逃げた先に何があるかを決めておくことが大切です。
1社目がどう見てもミスマッチだった場合、6ヶ月で辞めていいのか
条件次第では6ヶ月で辞めることは合理的な判断です。ただし、「民間の基礎体力が身についたか」「次の転職活動で使える最低限の経験が積めたか」の2点は辞める前に確認してください。これが満たされていれば、早期撤退は「逃げ」ではなく「修正」です。
30代後半からでも「転職してよかった」という状態にたどり着けるのか
不可能ではありません。ただし、35歳で転職した私の体感では「ポテンシャル採用のハードルが急激に上がるタイミング」でした。30代後半から1社目でゼロスタートするより、30代後半で「民間経験1〜2社のある転職者」として動く方が現実的です。つまり、今すぐ動き始めることの意味は、年齢が上がるほど大きくなります。
転職後に年収は回復するのか。公務員時代の550万円にいつ戻ったのか
正直に言います。現時点で公務員時代の年収水準に完全に戻ったとは言い切れません。ただし、副業収入を加えると生活は安定してきており、「年収の絶対値」よりも「収入の選択肢の数が増えた」という変化の方が、今の私には価値を感じられるものになっています。「何年で回復するか」は、業界・職種・本人の努力次第で大きく変わります。「必ず回復する」と断言する記事は信用しない方がいいです。
公務員は失業保険がない。転職前に知っておくべきお金の準備は
公務員は雇用保険に加入していないため、退職後に失業給付は受けられません。これを知らずに先に退職すると、転職活動中の収入が退職手当のみになります。在職中に転職先を決めることが最大のリスクヘッジです。また、退職手当の金額(勤続年数・退職理由で大きく変わる)を事前に人事課へ確認しておくこと、生活費の最低6ヶ月分を確保した状態で転職活動を始めることを強くおすすめします。
在職中の転職活動は職場にバレない?実際にやっていた3つの注意点は
基本的にバレません。私が実践していたのは次の3点です。
1点目は、面接の日程調整に有給休暇を使う際、まとめて取りすぎず分散させること。2点目は、SNSに転職活動に関する内容を一切投稿しないこと。3点目は、転職エージェント経由で応募し、現在の勤務先が相手企業に伝わるタイミングをコントロールすること(エージェントに「非公開求人で進めてほしい」と伝えておく)。この3点を守れば、大きなリスクなく活動を進めることができます。
まとめ
「市役所を辞めて、よかったのか」という問いに、今は迷わず「はい」と答えられます。
ただし、その答えに至るまでに、1年以上かかりました。後悔のピーク、1社目のミスマッチ、年収ダウンと毎月の手取り減少。きれいな話ではありませんでした。
それでも最終的に「よかった」と言えているのは、「何のために転職したのか」という軸が、苦しい時期を通じて少しずつ言語化できたからだと思っています。
この記事が、あなた自身の「転職してよかった」を手に入れるための判断材料になれば幸いです。
「転職活動」と「転職」は別物です。外の世界を見ることはノーリスクです。内定が出てから、残るか転職するかを決めてください。選択肢を持った状態での判断は、今とは全く違う景色を見せてくれます。


